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| 2003/8/29 |
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『ラジオ・エチオピア』
著 者:蓮見圭一 出版社:文藝春秋
発行日:2003年06月 本体価格:1,238円
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前作を【瑞】さんが絶賛していました。そちらを読んでからと思ったのですが、新聞の書評で見かけた勢いで、こちらが先になりました。
出会いは突然、というか都合よくというか、会ってその日にデキてしまった2人でした。男は小説家、女は翻訳などの著述業という、どちらも自由業なもので、行動が比較的自由なのです。男には妻子がありますが、朝帰りしたり、妻が朝子どもを幼稚園に連れて仕事に出て行ったあとに帰ってきたりしても、取材だとかなんだとかうまく言っておけばなんとかなるのです(と少なくとも男は思っている)。この恵まれた環境からすると、家族がありながら恋愛している会社勤めの人達はなんとけなげに時間を作ったりごまかしたりしているんだろうかと、ヘンなところに感心してしまいました。
2人が会った夜はいつも、女を送り届けて男が自宅に帰ったあと、女から必ずメールが届くのです。そしてそれを楽しみに待つ男。妻に見られることのないように削除はするのですが、その削除のしかたがまた「それ、わかるわかる」、というやり方です。もう、すっかり「恋してる」状態です。あややの歌に、同じメールを何度も見ちゃうというフレーズがあるのですが、これと同じです。まったく。恋してしまったら、40代だろうが10代だろうが変わらないものですね。いけいけ〜とついつい応援しながら読み進めていきました。しかし、そもそも男には家族があります。その落とし前をどうつけるのか、深くはまりこんでしまえばしまうほど、対照的に先行きの暗い影が見えて来るような、そんな予感を持たせつつ2人の恋は進行していくのでした。
でもなんだかちょっと納得がいかなかったのは、女のほうが全身で気持ちを恋に預けているのに対して、男のほうが、クールなのか熱いのか、没頭しているようで、そうでもないような、一転して身をすっとかわしてしまうような、「あれあれ?それで平気?」というふうに思えたことです。出会って以降の、愛着を深めていき相手への執着が強くなる過程の描写が物足りなくて、共感し切れなかったのかもしれません。別に、「ちょっとした遊びだったからさっぱり別れられる」というわけでもなく、もっと精神的なつながり、人間性にひかれていた面も強かったはずなのに。なんかさっぱり気持ちのスイッチを切り替えてしまったように思えたのです。男の人ってこんなものなんでしょうか。
…いやいや、やっぱりそうじゃなくて、もっと男の内面の揺れを描いてほしかったですね。ときどき登場する男の妻も、あまり顔が浮かばなかったし。そのへんもっと描いてくれなくっちゃー、と読み終わって不完全燃焼でした。前作で口直ししようっと。 |
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【楽天スタッフ 笑】 |
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