私が二十一歳の時、狗飼恭子さんはまだ中学生でした。だから、私が狗飼作品を二十歳前後の時間に読む、ということは決してなかったわけですが、中学生の狗飼さんに、話を聞いてもらうぐらいできたかも知れない・・・って、中学生に共感してもらおうとする君は何者なのだよ、一体。年相応の、あえかな感受性というものが、その頃の私にあったとしても、つなぎとめる術をもたなかったから、今となっては、ただの思い過ごしとなってしまっております。学生だったこともあって、贅沢に浪費できる時間と、なすべきことのなさと、あまりの使命感の欠如に疲弊していました。狭い見識で十手先を読んで、あらかじめ失望してなにもできない。大切なものが、世の中にはある。それはわかっているけれど、自分には、なにひとつとして確かなものがない。なにもない、ということを人に話してもしかたがないのだけれど、君にはなにかがある、と言って欲しかったのか。焦がれる気持ちをかかえながら、なにもせずに日々を送っていたような気がします。ああ、うっとおしい。あの頃の自分をこの場に呼んで、とりあえず、私の代わりにコピーをとらせる、というのは名案ではないか、と思います。ろくに寝てないのだから、最近(やるべきことがあるだけ、今は幸福か?)。年を負うごとに、恥ずかしげで、よわっちい、心の問題についても、面と向かえるようになってきたのですが、やはり、この手の小説は、リアルタイムでは痛々しすぎて読めないだろうな。こういう気持ちもあったよねえ、とか。いい歳した大人の語り草となってしまいますが、まあ、たまには同世代の方と、そんな話をしんみりしてみたいものです。ということで、狗飼恭子オフ希望(嘘)。
『おしまいの時』は、狗飼恭子さんが二十二歳の時に、二十一歳の女性を主人公にして書かれた小説のようです。たわいもないもの思い、を綴った作品だと思います。といいつつも、個人の感情の均衡が、世界の磁場だったりする時期もある。ちょっとした失望を世界の終焉のように感じる、と言うのは大仰ですが、それぐらい切羽詰った心性もあるということには覚えがあります。高校生の時の演劇部の顧問の先生が自殺する、その葬儀の式場で、かつての同級生イズミと再会する主人公、リカコ。リカコとイズミと先生の弟のワタルと、三者の奇妙な交流がはじまります(今、気づいたけれど、あのトリオから命名されているですね。この三人)。小事件はあるものの、ストーリーよりも重要なのは、リカコとイズミの心模様。彼女たちが漏らす言葉から、はりつめた切ない心象が吐露されていきます。優等生でしかないことにコンプレックスのあるリカコ。品行方正で、誰からも嫌われないけれど、愛されてもいないと思っている。傷つかないように自分を守りながら、おそるおそる臆病に生きている。誰か私のことを本当に好きな人がいたらな、その寂しげな渇望。本当に愛するってことはもっとギリギリのことなんだ、とリカコに説教をするイズミ。辛らつで傍若無人なアウトローのイズミ。そんなイズミが大切にしていた思い出は、高校生の時に、先生が、自分のことを気にかけて振り向いてくれたということ。そんなささいなことに支えられているイズミ。二人とも、かよわく、ちっぽけな存在です。わたしはここにいてもいいの?。いや、その台詞はもう聴きたくないな。居場所はどこにもないかも知れない。それでも、押入れで膝を抱えてうずくまっていたのでは、何も見つからない。誰も確証をくれることはないかも知れないけれど、それでも誰かを好きになるのもいい。たくさんの「好きなもの」があるリカコ。そんなリカコを、私はきらいじゃないぜ、です。焦らず、少しづつ、前に進んでいこう。今度は自分から発信する番だ。小さな事件を通して、いくぶんか前向きになったリカコと一緒にエンディングを迎えられたことは、ちょっとした僥倖です。この壊れてしまいそうな物語が、ささやかな勇気によって凛々しく飾られて終わるのは良かったな。とても。
先日、新聞に掲載されていた河合隼雄さんと川上弘美さんの対談を読んでいたら、河合さんが「思春期性」というものは四十歳ぐらいにならないと書けないもの、とおっしゃられていました。『センセイの鞄』のツキコさんと、それを書かれた川上弘美さんへの言及だったのだけれど、三十代半ばのツキコさんも、未だ思春期の人、だったりするのですね。落ち着いては見えるものの、静かに胸が高鳴ったり、心の震えを感じたり、年甲斐もない甘い考えに翻弄されたり、なんだかつまらないことで傷ついてみたり、いい歳の大人が思春期めくこともあるのかと思います。まだまだ老成するわけにはいかない。新鋭が瑞々しい感受性で描く、などというと年少の作家の代名詞のようですが、まあ、十分すぎるほど大人になってから見えてくるものもあるということでしょうか。ちょっと大人的には安心しますね。さて、狗飼恭子さんは、今後、どんな作品を書かれていかれるのでしょうか。村上春樹トリビュートは、ちょっと楽しみです。このコーナーで、【笑】さんが、何作か狗飼恭子作品をとりあげられていますので、是非、バックナンバーもご覧ください。
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