「いいなあ。やっぱり、おれ、ナツのこと好きだよ」「冬は?」「冬ちゃんも好きだよ」「ふざけんなよ。どっちかにきめな」「嫌だ」。35歳、知り合って10年、結婚してからは8年、それだけたつと、こんなにあっけらかんと、夫に好きな女ができたことについて2人で話せるものなんでしょうか。この『A2Z』の前に読んだのが、ちょうど、20歳ちょいくらいの女の人の、ひとつの恋の終わりが、もう人生の終わりかのような深刻さむんむんの物語だったので、違いがいっそうきわだって感じられました。
結婚とは男女を緩やかに去勢していくものだと書いた本がありましたが、それはある意味自然なことで、「刺激」に慣れて反応が鈍化していくのは生き物として当たり前のことです。生活の中での「役割」が決まり、それは働いてお金を得ることだったり、家事をこなすことであったり、母親としてあるいは父親として、そう簡単には抜け出すことのできない型にはまっていったとき、「恋人」から「家族」への変異を立派に遂げています。
もっとも、ナツとカズには子供はいないし、「親」という役割によって関係性が変わったわけではないのですが、何か成熟した関係に変わっていることは感じられます。それは、冒頭に書いたカズの言葉からも感じたし、「黙ってりゃ良かったとは思わない。残酷だったかもしれないけど、おれ、おまえにだけは秘密をもてない。深刻さも持ち込めない」との率直な言葉からも、10年の間に培われた関係の質を感じます。モノが「手になじむ」と言うような、心が、からだが、相手になじむ、という適応を、長い時間の生活の積み重ねが作り出すのでしょう。
ナツはナツのほうで若い恋人ができて、カズへの気持ちとは違った、「恋」という華のある感情の中に身を置きます。お互いの恋が終わったとき、二人はそれぞれの恋についてとことん語り合うのでしょうか。別々に旅に出たあと、「やっぱりここに戻ってくるんだよね」と言いながら、それぞれの旅での出来事について2人で語るようでもあり、あるいは、見て来た映画について興奮しながら語るようでもあります。お互いの恋さえもそうして飲みこんでしまう関係になっているのは、恋の進化の一つの形なのでしょうか。果たして。
時に感情的になりつつも、でも溺れるでもなく35歳なりの分別で自分を客観視しているという、ナツの描かれ方のバランスがさすがで、物語ではない、リアルさを感じるほどでした。しかしそれにしても、この2人もまだこれから20年30年一緒に生きていくのかと思うと、結婚の奥深さはまったく私の想像の世界を超えています。 |