| <<前日の日記へ | 翌日の日記へ>> |
| 2003/11/5 |
 |
『ハッピーエンド』
著 者:ジョージ朝倉 出版社:講談社
発行日:2002年04月 本体価格:1,100円
|
恥ずかしながら、私は小学3年生の頃に小説(?)を書いたことがあります。ある星から地球にやって来た女の子が一人の女の子と仲良くなり、やがてまた星に帰っていくという、出会いと別れの友情物語でした…。まぁ内容はともかく、その小説は、自分と当時仲良しだったKちゃんをモデルにして書かれました。転校生として新しい学校に入った私は隣の席のKちゃんとすぐに仲良しになり、毎日のように手紙や交換日記のやりとりをして楽しい日々を過ごしていました。ところが、1年後に今度は彼女が転校することに。寂しくて仕方がなかった私は、自分達をモデルにしたお話を書くことで自分を慰めていたのでしょう。今でもその時のことを思い出すと胸がきゅんとするのです。
大好きなひと。思い思われる嬉しさ。ふいにやってくる別れ。何も男女間に限ったことではなく、友達同士にもあるきゅんとするような気持ち。それをセンチメンタルに陥ることなく自らを笑いながら、けれど骨太な線で力強く描いているのが、マンガ『ハッピーエンド』です(稀に見る大傑作です!)。複数の登場人物それぞれの物語がオムニバス形式で描かれていますが、最終的には一つの話にまとまっていきます。
この登場人物の中でも私がリアルだなぁ・・・と懐かしいような気恥ずかしいような気分になってしまったのが、ショーコの話。学生時代からいつもつるんでいて大好きだった友達アキラ(女の子です)への思いが断ち切れず、誰かと依存しあいたいと思っている女(20代)。男と依存しあえればいいのだけどなかなか思うようにもいかず、仕方なくひたすら仕事にうちこむ日々…。最終的にはタイトルどおりハッピーエンドで終わるのですが、つまり一言で言ってしまえば、主人公は大人になるんです、最後には。誰かと依存しあうということは、何者だか分らない自分の不安を自分だけで支えられず、誰かと慰めあい補いあうことでもあって。でも大人になれば、誰かに依存することも自分で自分を支えることも或る程度コントロールできるようになるし、何よりも、生きていく上で大切なのは依存ではなく信頼だと気付くようになる。それが家族であれ、恋人であれ、仕事仲間であれ、友達であれ。
そんな大人になるまでの長い青春時代の、愚かで可笑しくも切ない成長物語。私はかなり沁みました…。今の自分が大人なのかどうかよくわかりませんが、少なくとも過去に、ある時期にあった長い依存関係のような友情が終わったと感じたことがありまして。そのとき私は漠然と、青春時代が終わったのだなぁと思いましたねぇ…。でもある時期が終わって次の何かが始まったような、すがすがしい気がしたのも事実なんですが。
別れは寂しいけれど、その後の関係は形を変えて続いたりします。年に1回くらいしか会わなかったり、メールだけ頻繁にやりとりしていたり、数年に1回しか会わなくてもしょっちゅう「どうしてるかな」と思ったり。もちろん、それっきり、の人もいます…。色々な例がありますが、依存関係から抜けて信頼関係に変わっていった関係というのは、とても特別で幸福な例じゃないかなと思います。もちろん、最初から信頼関係が築ければそれに越したことはありませんが、何事も極端にエスカレートしがちな青春時代に、それはなかなか難しかったりするかもしれません。大人になればそれは可能(というかそれが普通)でしょうけれど。だけど大人になっても、人と出会い別れるときのきゅんとするような気持ちは失いたくないなと思うのです。この本は今後、その「きゅんとする感度」のリトマス紙としても役に立ってくれそうです。ただ、これを男の人が読んだらどうなんでしょう? 女同士の友情と男同士の友情ってやっぱり違うんでしょうか? どなたかにご意見聞かせていただきたいです! |
|
【楽天ブックススタッフ 寺】 |
|