ずっと話題になっていた『Y』をようやく読むことが出来ました。さらには佐藤正午初体験です。
ある起点をきっかけに、人生はYの文字のように枝分かれをしていきます。戻ることも、もうひとつの人生にジャンプすることも出来ないから人は過去を羨むのでしょう。この小説における起点とは、悲惨な電車事故でした。様々な人の人生が交差したこの瞬間に戻ってしまった人、それが北川健という男性です。フロッピーに納められた小説という形をとって、彼の人生は表に出てきます。かつて親友だった(はずの)秋間文夫は疑いのまなざしで見ていたその人生に引きこまれていくのです。
普段から愚痴の多い私ですが、じっくり考えてみるとあんまり後悔のタイミングがないのです。「あの時あいつの甘言に引っかからなかったら。」と思うことがないわけではないんですが、それでも戻ったからってどうにでもなるもんでもないし・・・と瞬時に諦めるこの性格。あ、だから後悔が続くのか。そんなわけで、身を焦がしながら遂げられなかった恋を描いた恋愛小説という観点から見たら『水曜の朝、午前三時』のようなもののほうに共感をおぼえます。全然傾向が違うので、比べたらファンに怒られちゃうかもしれませんね。
そうはいっても客観的に読むならばこの本は“ぜひお薦め”という部類に入ります。時間を遡って人生をやり直したというストーリーはケン・グリムウッドの『リプレイ』に酷似しているのですが、あんなに解放感を感じることはなくて、現在はすべての登場人物が同じ時間を共有しているのに懐かしさに満ちあふれています。過去を知っている北川もある方法で大儲けをしますが、一攫千金っぽくないところがいいところ。さらにその金儲けの過程で80年代の日本の世相を一気に描ききったところはとても上手いです。80年代に青春を送った読者にはたまらないかもしれません。
もともとが、愛する女性のために過去に戻りたいと願った北川だけあって、彼の人生はどことなくストイックです。そして、すべての関係者の人生を傍観する立場にあります。でも過去の一部分を変えたことで、愛した女性を守れるのかどうか、彼女の愛を勝ち得れらるのかどうかというのはまた別問題。そんなやり直しの人生を静かに文章に書きつづったという点は涙を誘います。ところで、回想(それも過ぎ去った恋など)を描いたら男性作家の作品の方が俄然ロマンチシズムに満ちあふれてますね、女性の視点だとどこかシニカルさが含まれる気がします。そう思いませんか? |