まあなんと申しましょうか、簡単に言うと、美人でよく出来た妻であり母である永子が、意地のわるーい姑、小姑との同居に耐えながらけなげに暮らすうち、夫以外に好意を寄せる人も現れるが、女の幸せってなんだろう、という物語です。初出が、なんと1976〜77年の「主婦の友」で、もう四半世紀を経た作品なのですが、ほとんど古さを感じさせないのは、テーマが普遍的なせいなのでしょうか。(ちなみに「主婦の友」は創刊80余年!)
ここに佐竹という男が登場します。妻とは別居中、綾子と同じ歳の女の子が一人います。子供同士も仲良くなり、男手一つでは大変だろうと永子が世話を焼くうちに、佐竹は永子にひかれていきます。「女と男の友情は成立するのだろうか」なんて永子はつぶやきますが、好意に気づきつつも、「人妻だし、母親だし、恋愛の対象ではなく、子供のお世話をしているお礼として親切にしてくれているだけだわ」と思おうとしている「女の狡さ」も永子は持っているのでした。
佐竹が39度の熱で床に伏しているとき、佐竹しかいない部屋を単身訪問して看病します。これこそ、「もしかして永子さんもオレのことを愛してくれているんだろうか」と佐竹がその気を起こす可能性だってあるわけです。でも、そんなことになったら、永子はきっとこう言うのでしょう。「何をなさいますの、佐竹さん。いけません。困ります。私はただ看病に参りましただけですのよ」
佐竹は抑えた紳士でしたから、そうはなりませんでした。でも、逆に、タイミングよく佐竹が踏み込んでいたら、永子の気持ちが揺らぐこともあったのでしょうか。女と男の間合いのはかりかたは難しいもの、そこで行動するかどうか決断を迫られる男の人もたいへんだ、と妙なところに反応しました。今の時代に別の人がこの物語を書いたなら、そこでつい関係を持ってしまって、でも結局は、そのことはお互い二人だけの胸に秘め、家庭に戻ってあとは幸せに夫と暮らす、というストーリーになったかもしれません。
やっかみとわかっているものの、永子ができすぎていて納得いかないなぁ、という気持ちもちょっと。姑と小姑もそう思っていたのかも。妬みって、いやですねぇ、まったく。 |