たまにはこういう、ハッピーエンド見え見えの、楽〜なものを読みたくなったのです。街で偶然出会った2人が、なんとなくお互いひかれてはいるのに、その出会いが本物かどうかを信じることができず、運を天にまかせることにします。男の連絡先を書いた5ドル札を、街のスタンドで買物して渡してしまい、また、女の連絡先を書いた本を古本屋に売り、それらがどちらかの手もとに渡ることがあれば、出会いは本物、運命の導きだということにして、その場は別れてしまうのです。「セレンディピティ」とは「幸せな偶然」の意味で、タイトルどおり、結局最後にはちゃんと出会ってめでたしめでたしになるはずで、そこまでにどう持って行くかという物語です。
まずだいたい、デパートの売場で2人が出会ってからの口説き方、誘い方がキザな会話の応酬でして、「よく言うよ、こんなことあるんかいな」です。でもあったらいいなという願望も実は感じていたり。しかし、納得いかないのは、運を天にまかせてしまうところです。運まかせじゃなくて、自分のことなんだから、自分がどう思っているか、どうしたいのか、で決めりゃいいじゃない、でも自分自身を振り返ると、なかなか決められないんだなーと、これまた矛盾した感情を抱く私なのでした。
そして数年後、離れ離れながら、2人はちょうど同じ時期に、恋人との結婚を迎えます。でも2人ともお互いを忘れられず、そこで、ただの偶然を待つのではなく、積極的に、いえ、それ以上、薄い薄い手がかりを全力を尽くしてたどって、お互いを探し始めます。ここからあとは、出会う寸前ですれ違うとか、やきもきさせながら、クライマックスに向かいます。わかっていながら、でもわかっているからこそでしょうか、乗せられてしまう展開です。
手に入りそうにないものは最初から欲しいと思わないような知恵を、人間だんだんと身に付けていくものですが、本当に欲しいものっていうのは、がむしゃらにやって、がんばってがんばって、それでも手に入るかどうか、それくらいやってやっと手に入るものだったりするのかなと思うことがあります。だから、2人が、運にまかせてしまった数年前と違って、改めて自分の強い意志で相手を探すところは、そうだそうだがんばれがんばれ、という気持ちになっていました。
この本は映画の脚本の翻訳で、本を読み終わった次の日に映画のほうを見に行きました。映画が終わったあとに乗ったエレベータで、「もしかして隣り合わせたこの人と何か起こるだろうか」と想像しましたが、結局何もありませんでした。「運命」はそうそう転がっていません。いやいや、積極的に話し掛けていたら、何かつかめていたのかも。 |