東京のベッドタウンで育った私にとって、「田舎」というのは長らくあこがれの場所でした。年末年始やお盆が明けて学校へ行くと「お母さんの田舎に行って来た」なんていう友達の話に羨望のまなざしで聞き入ってイメージを膨らませていました。山や海があって、田んぼがあって小鮒を釣ったりうさぎを追いかけたり、素朴な人々、おいしいごはん。都会で疲れた心を癒してくれ、いつ帰っても歓迎してくれる、そんな「田舎」。
しかし、『屍鬼』を読んだ印象はそんな私の甘っちょろいイメージを覆すものでした。
舞台は外場という集落。代々名前の由来である卒塔婆を作ることを生業としてきた土地です。古くから伝わる魔除けの意味を持つお祭りの日の夜を境に不気味な影がじわじわと村を覆い始めます。村を守る神仏が破壊され、年寄りから幼児まで健康だったものが次々に死んでいく。原因もわからず、途方にくれるだけの人々。次第に明らかになる異形の存在・・・。
あまり書くとネタばれになってしまうのでこのへんで止めておきます。
人物描写のリアリティはさすがですが、コアになる人物が少しファンタジックだったりするところが小野不由美らしいのかなと思いました。結末は賛否がわかれるところでしょうか。
ここで描かれる「田舎」は空間的にも心情的にも完全に「閉ざされている」ことに意味があります。日本という島国に生まれ育った私にも多少なりともこの感覚はわかる気がします。誰もが存在を感じていながら、見てみないフリをしている「闇」があって、外から指摘されてもまるでそんなものははじめからなかったように振る舞う、「お約束」なかんじ。そんな闇に紛れ込めば異形も生きていけるのかもしれません。
これを読んで、いつか友人が夏休みに友達の田舎に遊びに行って道を歩いていたら、すれ違いざまに見知らぬ老婆に「あんた、このへんの子じゃないね!」と言われて泣きそうになったというエピソードを思い出しました。ホラー好きとしては、それはそれでちょっとうらやましいです。 |