アメリカのテレビドラマ「フレンズ」を見てたら、ふだんあまり本を読みそうもない遊び人キャラの登場人物がこの本ばっかり何度も読んでいて、読むたびに同じように怖がっているというエピソードがでてきました。日本だと何にあたるかなあと考えてみましたが、なかなか思い当たりません。教科書などで「読まされた」わけでもないけど、だれもが知っていて、かなり深く人間を描いているのに、位置付けは決して「大衆小説」の粋を出ない。これはホラーというジャンルによるものだと思いますが、もう何年かしたら文学史でディケンズあたりの流れの先に位置付けられるかもしれません。
夏に楽天ブックスで「ホラー」の特集をやったときにこの作品を思い出して、久々にまた読んでみようかなと思い、手にとりました。雪に閉ざされた、怪しい歴史に彩られたコロラドの山奥のとてつもなく大きなホテル。人の心が読めてしまう、不思議な能力「シャイニング」を持った少年。再読なのと、強烈な印象の映画も見ているので、その出来事は何を意味するか、そのドアを開けたら何が待っているか、先を知ってしまっていることで恐怖は軽減されていました。そのぶんじっくり読んでいると、著者の描きたかったことは「こわいだろー!どーだ!びっくりしたか!」というようなものではないことがよくわかりました。前に読んだ時は肝心な部分を読み飛ばして「やっぱこわいわ〜」という部分だけで読んだ気になっていたのかもしれません。キングさんには悪いことをしました。
巷はホラーブームなんだそうです。当書店でも京極夏彦とか、小野不由美とかがよく売れているようです。私も好きですが、恐怖を自ら体験したいなんて、人の心は不思議です。でも、真のホラーとは、一過性の恐怖をあおって興奮状態に陥れるようなものではなく、一番奥底の人間の弱さとか、強さとか、そういう部分をあぶりだしていくものでないと残らないと思うのです。だから、一言でホラーと言ってもついに宇宙にまで行った「13日の金曜日シリーズ」とかとはちょっと分けて考えなくてはいけません。 |