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| 2001/6/1 |
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『須賀敦子のミラノ』
著 者:大竹昭子 出版社:河出書房新社
発行日:2001/04 本体価格:1,800円
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今日から6月です。1月1日にプレオープンした楽天ブックスも、少しづつ機能をアップさせながら、ここまできました。多少なりとも、皆さんの本選びや、ご購入のお手伝いができたでしょうか。さらに良い書店を作るために、今後とも努めて参ります。読書日記のコーナーもオープン以来、なんとか現在まで健在です(私はしばらくお休みしましたが)。この読書日記は須賀敦子さんの『コルシア書店の仲間たち』でスタートしました。コルシア書店、かつてミラノに存在した書店を越えた「奇蹟」の場所。理想の書店、にはまだまだ遠い楽天ブックスですが、志は高く、かくありたいと考えております。さて、須賀敦子さんの人気は衰えることなく、本書のような企画の本も出版されました。神谷睦月さんも楽天市場ニュースで「感想文」を書かれていましたね。須賀敦子さんのミラノ時代の足跡をたどるもの。大竹昭子さんの美しい写真と文章が、須賀敦子さんのこの街での日々を追想します。『ミラノ 霧の風景』『コルシア書店の仲間たち』『トリエステの坂道』をお読みになった方には、是非、手にとっていただきたい作品。この本には、私の読みきれていなかった「須賀敦子像」に気づかされる部分も多く、須賀作品をより深く読む契機となりました。須賀作品の魅力に触れたことがない方も、イタリアの美しい風景と、かつてこの街で暮したひとりの日本人女性の、繊細でいて力強い魂に、心動かされるかと思います。
それほど熱心な須賀敦子読者でない私は、何冊かのエッセイでしか彼女を知りません(まだ全集に手を出せないでいます)。大竹昭子さんは、本書で、須賀さんが暮した街の情景を写し撮り、また沢山の作品と日記を読み解き、点と点を結んで、ひとつの像を見せてくれました。それは、須賀さんの旺盛な行動力を支えた、しなやかでありながらも力強い「意志」。そして、払拭されることのない深い「孤独」。イタリアの所謂「労働者階級」の家に育った夫君、その実家との関係において、彼女が二重の意味での「異邦人」であったことに大竹昭子さんは思いを馳せていきます。須賀さんの作品に登場する、夫君、ペッピーノ。須賀さん言葉を通して、その知的で物静かな存在感は、大きく、暖かく感じられます(本書にもコルシア書店での若き二人の写真が掲載されています)。須賀さんの信頼を一心に集めていた男性。それゆえに『雨のなかを走る男たち』(『トリエステの坂道』の中の一篇)での二人の「すれちがい」がどれほど重く受けとられるべきものであったか。記憶の中の情景が、選りすぐられた言葉で、静かに細部まで描き出されていく、ひんやりとした手触りの須賀敦子さんの文章。彼女の「孤独」は、直接、感傷的な言葉で綴られることはないため、人間と情景のこまやかな描写の隙間に見え隠れする淡い棘のように感じていました。私自身は、なかなか明確に読みとれず、言葉で人に伝えることも難しかったのですが、大竹昭子さんは次のような言葉でそれを表現しています。『孤独に敏感な魂を持った人だった。(中略)須賀が描いたのは悲壮な孤独ではない。硬質な輝きをもった恒星のような孤独、人を励ますことのできる力強い決意だ』。須賀敦子さんに抱く「想い」もまた美しい言葉となるのですね。
『トリエステの坂道』の解説で、須賀さんが、帰国後、ライトバンに乗り廃品回収業をされていたことが
記されています(奉仕活動としての「エマウスの家」)。車を運転されるイメージさえなかったもので、そうした大地に足をつけた直接的な力強さが意外でなりませんでした。かつて私には、須賀さんについて「お嬢様育ち」の「知的階級」の「ご遊学」といった先入観がありました。その印象は、須賀さんの作品を読み、彼女がミラノに何を求めて生きていたのか、を知るに及び、だんだと変わっていきます。学究を断念し、ミラノで「労働」や、社会に関わろうとする、その力強さは、ある意味、その出自ゆえに輝くところもあったのか。大竹昭子さんによる本書は、いくつかの観点での、「須賀敦子」の読み方、感じ方を提示してくれました。そして、私が読み切れなかったものを、数多く言葉にしてもらったような気がしています。これから須賀敦子を読む、という方たちには是非、お勧めしたい一冊です。後続刊も楽しみですね。
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【楽天ブックススタッフ 知】 |
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