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| 2001/2/15 |
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『情景王』
著 者:山田卓司 出版社:ホビージャパン
発行日:2000/04 本体価格:3,619円
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この作品集の凄さを言葉で伝えることは、とても難しいかと思います。百聞は一見に如かず、のオンライン書店のジレンマを狂おしいほどに感じる一冊。山田卓司さんは、テレビ東京系の番組『TVチャンピオン』のプロモデラー選手権で数回の優勝を飾った「プラモデルを作る人」なのですが、プラモデルを配して「情景」を創り出す天才的なアーティスト、まさに『情景王』と呼ぶにふさわしい方なのです。珠玉の作品を集めた本書は、もう溜息の連続。まずは郷愁に満ちた「情景」作品。クリスマスイブの夜、オモチャ屋のショウウィンドウに両手をついて、ディスプレイされた玩具を羨望の眼差しで見つめる男の子。彼を優しく見守るお姉さんと両親。幸福そうな家族。明日の朝、どんなプレゼントをサンタさんは届けてくれるのだろう…。レトロ調の街並にクリスマスソングが流れているのが聞こえてくるような『クリスマスの日』。交番の前で、泣きじゃくるおさげの女の子。雨の中、ぬかるむ道にすべってころんだのか、道に落ちた泥だらけの買い物カゴからは割れてしまった卵。二人のおまわりさんが慰めるのだけれど泣き止まない『おつかいのおもいで』。記憶の中の、子ども時代の一瞬が、そのまま切り取られて形になったかのような寸景。その表情は固定されたものだけれど、心の動きは活き活きと伝わってきます。プラスチックの人形が、こんなにも繊細な感情のディテールを表現できるということに、ちょっとした感動も覚えました。プラモデルやフィギュアは、子どもか一部のマニアのものという先入観を覆されるはずです(いや、私も偏見があったのかなあ、と自問自答)。
昨年、文庫化され好評を博した『田宮模型の仕事』は、日本有数のプラモデルメーカーである田宮模型が、いかに企業として成功し、また日本のプラモデル文化を築いていったかを物語る作品。文句なしの面白さ。中でも感心してしまったのは「情景」「ジオラマ」についてのくだり。ある時期から、プラモデルを作り駆動させてスピードを競い合うのではなく、それを配置する背景を作成し、その「実物」が活躍する世界を想起させるような「情景」を作り上げることが、新しい楽しみ方として発展してきたそうです。作品に「世界観」を付加する背景を与えるということ。例えば、戦場に配された兵士たちの『内面のドラマ』を彷彿とさせるような一場面。静止した状態に「躍動感」を表現する技法もさることながら、その心の動きをも感じ取らせるプラモデル表現の深化に芸術性を感じました。この作品集『情景王』の中にも、兵士の勇猛果敢さのみならず、戦火の焔に身も心も疲弊した人々の悲しみや、戦争の終わりの喜び、つかの間の休息に心を癒す兵士、などをモチーフに描かれた作品があります。軍靴の音、戦車の地響き、そして、その一瞬一瞬に湧き上る心の動き。恐れと安堵、喜びと悲しみ。百体ものフィギュアを使った『パリ解放』という作品には、群集の「歓喜」の渦が表現されており、圧巻です。
さて、本書には、郷愁を孕んだ情景作品や、戦争モノの他にも、ゴジラ、ガンダム、エヴァンゲリオンなどの特撮やアニメのフィギュアを用いて、その戦闘シーンを表現したものが多数収録されています。ガンダム第一世代の私など、一年戦争の各シーンには、背景のドラマが思い起こされ、なかなか楽しいものがありました。既存のプラモデルにどのように手を加えて、情景表現に用いるのか、本書の解説の中で、山田氏は、その整形の苦労を語っています。私は、所謂「ガンプラ」を一度も作る機会を得ませんでしたが、どこまで既成のキットに息を吹き込むことができるか、チャレンジしても良かったなあ、なんて後悔も多少。いや、あまりにも凄いプロの手腕を見てしまうと、ちょっと勇気でないかな。誰でも手軽に始められるプラモデル、とはいえ、あまりにも奥が深い。その深さをとことん教えてくれる、そんな本ですね。
余談ですが、今野敏さんの『慎治』という小説は、イジメられっ子の中学生が、孤独を好むクールな中学教師から「ガンダム」を教えてもらい、その魅力に心奪われ、フィギュアの改造に挑むことから自信を回復していくという不思議な作品。主人公の少年が趣味の世界にハマっていく過程が面白く、なかなか楽しめる小説。先生がガンダム史を解説してくれるので、Ζ以降の複雑なストーリーが追えなくなった私と同世代の皆さんにも、良いガイドになるかと思います(いや、今更、などと言わずに)。 |
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【楽天ブックススタッフ 知】 |
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